お金は愛か

昔の話ですが,「お小遣いは愛ですよ」といった教育が専門の新潟大学の大学講師の方の授業を半期受けたことがある.これは少し僕にとっては最初は意外だったが,聞いていくうちに納得してしまうものであった(確かに僕は聞いていくうちに納得しやすい人ではあるけれども).

さて,彼の論理はこのようなものだった.

  1. お金を稼ぐには,自分の限られた時間(命)を切り売りしなければいけない
  2. ゆえに,お金(お小遣い)は命である.
  3. 愛とは自己献身である.自己犠牲である.命を犠牲にすることである.
  4. ゆえに.お金をあげること(お小遣い)は,命をあげることと同じである
  5. つまり,お小遣いは愛である.

その方ならもう少し段階を短くできただろう.三段論法的に.あるいは皆さまなら.

とにかく,そういうことを聞くと,もう納得しまくってしまう.なるほど,と思ってしまう.でも,どうだろう.しかしどこかで,違和感を覚える.

例えば援助交際でおじさんは命を女子高生にあげているのか.それは等価交換だから,別の話なのか.

でも,税金を命(いわば血税)と考える必要はあるだろう.そのようなことを人々は考えるべきだとしても,考えているだろうか?

そう思うと,どんどんわからなくなっている.今,私が見ているこのモニターは,私の命なのだ.だけれども,そんなことを考えて,この重責に,生きていけるのか?

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