ささやかな,いたずら

大人になると,子どものころのことを忘れてしまう.中学生や高校生の時,なぜ先生はもっとわかりやすいやり方で説明できないのだろう,と子どもながらに思っていた.だからといって,今そのことを思い出して,子どもがわかりやすいように説明できるかと言われたら,たぶんできないだろう.成長していく過程で,いくつかのことを忘れ,いくつかのことは変わり,いくつかのことはなくなってしまう.もちろん,悪いことばかりではないけれども.

いずれにせよ,その大人へのささやかな抵抗は,承認要求の表れなんだと思う.子どもは大人みたいに,いろいろと考えたうえで承認要求をできるだけなくしたり,削ったりすることはできない(大人でもとても難しいと思う.なくなればそれはそれで非常に幸せなことではある).

その過程で,少しだけいたずらをすることもある.少しだけ,相手の気を引くためのいたずらだ. “ささやかな,いたずら”の続きを読む

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読書習慣よ,こんにちは.(本棚を捨てるためにしたことII)

先日,本棚を捨てた話をしたら,意外と”売りに出したもの”に関してのコメントが多かったので,なんだかゲンナリ?してしまった.

本棚を捨てる,ということについて,いろいろと考えてみたのだけれども,もしかしたら,それを「本を読まないこと」と同義に感じている人がいるんじゃないか,という気がした.

事態は逆だ.僕はいま,いつになく本を読んでいるのである.

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本棚を捨てるために僕がしたこと

本棚を捨てた.

背が高くて,重い本が並んでいて,地震のとき,危なかったからだ.そのために,いくつかのことをした.それを共有する.きわめて完結に,しかしいくばくかの自信をもって.

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