想像の上での戦争

戦争を知らない子どもたちである.

僕は1988年生まれで,いわゆるミレニア世代に片足を突っ込んでいる.か?

確かにフロッピーディスクが何か知っているし,ファミ通がなぜ”ファミ”通であるのかも知っているし,さらにLD(レーザーディスク)が何かも知っているけれど,それでもさすがに戦争がどのようなものか,よく知らない.

よく考えれば,第二次世界大戦,湾岸戦争やベトナム戦争の,むごたらしい惨劇は,僕ら以前であるからだ.

それ以降に起こった戦争は,ありとあらゆる生ぬるいメディアを通して,ほぼ伝えられていないのも同然である.

だから,僕は想像する.想像の上で,戦争を体験する.

今,ここにあるものすべてが奪われる.たぶん,空のペットボトル一つが,すべての財産となる.

隣国に行こうとするも,そこには日本海やら太平洋やらがまたがる.うまく渡れるわけがない.

いろんな人が逃げようと試みる.すべてのものが機能しない.水道もガスも来ない.電気だってもちろん.

食べ物がない.家には猫のカリカリしかない.それを家族で分け合う.

猫はすでにどこかに逃げてしまった.あるいは死んでしまったかもしれない.

四国にいる妹は生きているだろうか.電気がないから電話も使えない.唯一使える電話には,多くの人が並んでいる.時々けんかが起こっている.泣き出す人もいる.

風呂にはもう1か月も入っていない.

雨が降れば,それを貯めて飲む.おなかを壊すが,仕方がない.

花粉症だから,あたまはぼーっとし,目がかゆい.目をこするたびに,どんどんと視力が悪化している気がする.

薬はどこにもない.

糞尿の匂いだ.

他人は信用できない.

町は荒廃している.

僕はなぜ生きているのだろう.

現実に戻ってくる.僕はここにいる.水もある.電気もある.

でもどこかで,僕の想像をまさに体験している人がいると思うと,足がすくむ.

そして,僕が何ができるか考えてみる.しかしそれもまた,想像にで終わってしまう.

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