S先生の教え

三つ子の魂百まで,とはよく言ったものだ.

今日,昔通っていた小学校の横を通ることがあって,一緒に車に乗っていた妹が(彼女も同じ小学校だったが),「あ,バスケットゴールの位置が変わってる」と言っていた.よくもまあ,そんなことを覚えているものだな,と関心した.僕が小学校で起こった出来事で覚えていることは非常に限られているが,大縄跳びのことは忘れない.

僕たちの担任のS先生は,非常にユニークな(といっていいだろう)おっさんだった.傍若無人といえばそうだし,教育熱心といえばそうだ.そして,なぜか僕たちに,大縄跳びを強要した.

強要した,という言い方は良くない.でも,なぜ,どのような動機で大縄跳びをしていたのかはわからない.だけれども,ともかく僕らは,強制されたにせよ,そうでないにせよ,大縄跳びを跳んだ.いわゆる八の字,というやつで,”連続で”,”一人ひとり”,飛んでは抜けていくのである.

数は定かではないが,連続で500回ぐらいを目標にしていただろうか.連続で,なので,一人が入り損ねたりするとそこで終了,おしまいである.中休み(2時間目と3時間目の20分休憩)も,昼休みも,ひたすらそれをやっていた気がする.結局,僕らは連続で600回ぐらい跳ぶことに成功したんじゃなかったかな?詳しくは覚えていないが,達成感は覚えている.

そして,何よりも,「状況を見て助け合え」というのが,大縄跳びを通して,私が感じたS先生の”教え”だ.別に大縄跳びを跳ぶことがゴールではなかったのだ,というのが,今日,校庭を見ていて改めて感じたことだった.

それは例えば,回し手,の交代に現れてくる.やったことがある人ならわかると思うけれど,大縄はそこまで重くはない.でも,100回も回してくると,腕が疲れてくる.すると,どこからか人が寄ってきて,回している手に後ろから手を添える.ぐるぐると2回ぐらい一緒に手を回し,タイミングを見計らって,後ろの人が持ち手を持ち,交代する.もとの回し手は,また跳ぶ列に戻る,というわけだ.

でもこれは,最初からできたわけではなくて,S先生が,皆に諭したことだった.僕はその時,衝撃を受けた.まず,そのような方法で,交代が可能だということ自体に,そして,”状況を見て”といういかにもクリアカットではないことを要求されていることに.

でも今思い返せば,僕は,交代が大好きだった.交代するのが好きだった.誰かを助けたり,手伝ったりすることが好きなのかもしれない.大縄跳びがそのきっかけだったのか,それとも元々の性質が大縄跳びで発揮されたのかどうかはわからない.だけれども,それはそれ,ということです.

でも結局,その頃から,いわゆるアシスト的なことばかりやってきたし,それは今でも変わらない,と思う.いいアシスタントかどうかは別として,手を貸すというのはいつでも心地よい.たぶんそれは,持ち手を交代するときに,一緒に2周回す,そのぐるぐるの間の,ちょっとした一体感みたいなものが,忘れられないからかもしれない.

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