エルサと行動の理解

Frozen(邦題:『アナと雪の女王』)を鑑賞した.もうこれで三度目になる.いつ見てもいい映画だ,と思う.愛は行動なのだ.

さて,Frozenには続編のショートムービー,「Frozen Fever」が存在する.お姉さんのエルサが,誕生日であるアナに,最高のバースデーを用意しようするが,熱(Feverとかかっている)を出してしまい,サプライズがめちゃくちゃになってしまいそうになる,というものである.

このショートムービーを見ると,確かにエルサの妹アナを偏愛しすぎている,という印象を持つ.よって,エルサがレズビアンだとするお話があるのも,非常に面白い.

「アナ雪」エルサをレズビアンにして彼女をつくって。賛成派と反対派がネットで大激論。 – http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/14/frozen-elsa-girlfriend-religious-right_n_9967736.html

アナと雪の女王を同性愛映画だと見られる8つの理由 – http://japanese412.blogspot.ro/2014/02/8.html

しかし,よく考えよう.

第一に,アンデルセンや声優など,作品の周辺とエルサのレズビアン性は無関係である.単に観察者がそれを恣意的に読み込んでいるというだけだ.こんなことを言い出せば,「じゃぁ映画製作者の半分はベジタリアンだから,エルサはベジタリアン」とか,「ケーキがいっぱい描写されているからエルサは砂糖アディクションだ」とか原理的にはなんでも言えるわけである.それでは単にお前の想像ではないか,と言われかねない.証拠がないのだ.

第二に,主題歌のLet it Goは,エルサが,エルサの禁じられてきた能力についてその解放を歌っている歌である.歌われている周辺文脈を参照せよ.そこにレズビアン性を持ち込むのは恣意的だ.

第三に,仮に偏愛が現象としてあるにしても,それは二人の生活史を振り返れば当然のことのようにも思える.エルサは女王になることの重責と,家族を失ったこと,過去の過ち,そして唯一の肉親であるアナを傷つけまいという信念を持って,隔離された空間で生きていた.しかし能力を(ある程度は)コントロールできるようになり,それによって唯一の肉親であるアナと過ごす時間をやっと持つことが出来るようになったわけである.とすれば,その家族への想いが多少行き過ぎても,それがレズビアン性と連続するかは怪しい.単に「妹に最高のバースデーをプレゼントしたい」姉なのである.

第四に,確かにエルサはアナとプリンス・ハンスとの結婚に反対するが,それはその日出会った人と結婚しようとしたからだと本人も言っている.また同時に,恋愛に疎そうなクリストフでさえ,それが社会的に異常であることを指摘している.ここにもレズビアン性を読み込むのは無理があるか,あるいは早過ぎる.

もうここまで言えば,作品内からエルサがレズビアンである,と主張するのは難しい.もちろん,エルサがレズビアンではない,と主張しているわけではない.それはディズニーさんが勝手に決めたらいいことである.私はエルサがレズビアンでも一向にかまわない.ただ,確固たる作品内在的証拠がないのにレズビアンだと決めつけるのはどうか,と言っているのです.

しかし,世の中には実にこういうものが多いではないか.勝手にいろいろメタファーだのなんだのを読みこんでいってしまう.こういうことだけは,できるだけやりたくないし,避けて生きていきたいものです.

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