おばあさんを置き去りにした話

これは懺悔である.あのおばあさんは,その後,電車に乗れたのかしら?

Brașovという町がルーマニア・トランシルバニア地方の南端にある.首都ブカレストから電車で北に約3時間の距離にあり,夏の避暑地になっている.まあ軽井沢みたいなところだと思ってください(と言っても僕は軽井沢になんて行ったこと無いけど).

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僕らはそこに遊びに行ったわけだ.街の中心自体は小さいが,いろいろと巡れて楽しいところです.大きな町に行ったって,圧倒されてしまうでしょう?私のような地方都市好きにはぴったりであります.

中世はドイツ系の人々が住んでいた町で,なんとなくそんな感じもするし,ちょっとだけ中世みたいな感じもする.でもまあよくわからない.中世に住んだことなんで一度もないので.ただし,今でも残っている町の壁(進撃の巨人,みたいな感じです)には驚いた.そんなに高くはないんだけど,確かに迫力はある.

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さて,問題は帰りである.そう,「いきはよいよい」のだ.(僕は心配症だから,いきだけでもう死にそうな気持ちだったけど).

駅の2番線で,ブカレスト行きの電車を待っていると,電車が遅れている,というアナウンスが入る.どうやら,ルーマニア語と英語で何かを言っているようだが,そもそも聞き取りが弱い上に,スピーカーがガラガラ声なので,うまく聞き取れない.

隣におばあさんが座っているので,つたないルーマニア語で聞いてみる.「ブカレストまで行かれますか?」「行く.同じチケットよ」と見せてくれる.確かに同じチケットだ.30分ぐらい遅れてるの,と言うのを信じて,待っている.

待っていると,電車が行ったり来たりしている.スプレーペイントで下手くそに落書きされた車両に,浅黒い肌の人たちがソファーを詰め込んでいる.

不安が募る.わかりますね?異国,しかも別の土地.言葉も通じない.わかりますよね?

すると,またスピーカーからガラガラと音が聞こえる.おばあさんは動こうとしない.仕方なく僕は立ち上がって,スピーカーに近寄り,聞き取ろうとする.ルーマニア語と,英語.聞き取りに自信がないが(スピーカーのせいだ),どうやら,遅れたのが原因で,5番線に行かなければないとのこと.おばあさんにも伝えようとする.

「僕たちは5番線に行かなければなりません.」

「ほんとうに?」

「たぶん(いや,ルーマニア語も英語もわからないけど…)」

スピーカーがガンガンなっているせいで,おそらく出発が近いのだろうと判断する.おばあさんは,よろよろと別の人に聞きに行こうとしている.時間がないのだと,直感が警鐘を鳴らす.心臓が飛び出しそうに鼓動する.

「先に行ってみよう」

「よし」

同行者が言う.僕と彼女は短距離選手のごとく走りだす.5番線は次のホームだ.

ホームでは電車が待っている.車掌のおじさんは黄色いハンカチを出して,ホームを見ている.

「この電車ですか?」

僕はおじさんに駆け寄り,チケット見せる.

「そうだよ.ちょっと遅れたんだ.早くのりな.」

乗ってから,「まだおばあさんが」と車掌に言おうと思うが,あっちだ,と言われ,肩を押される.僕とツレは電車に(文字通り)押し込まれる.電車が,10秒後動き出した.

僕はおばあさんを置き去りにしたのだ.

座席に座り,気持ちを落ち着ける.同行者は心配そうにしている.心臓はまだドキドキしている.血の気も引いている.少し整理しよう.僕らは何ができたのか.そして,何がわかったのか.

1:駅に入ったところに一つだけある電光掲示板を最後の瞬間まで見るほうがいい.いやむしろ,電光掲示板をホームにもつけろよ,と抗議した方がいいかもしれない.

2:そもそも,いろんな人に聞いたほうが良かった.これは旅行の鉄則っぽい.でも,僕はハードコアな旅行者じゃないのだから,許してください.

3:ネイティブおばあさんのルーマニア語の聞き取り力より,30代を目前とした日本人のルーマニア語+英語の聞き取り力のほうが上.これは実に意外である.

僕はこうやって今,ブカレストに帰ってきて,これを書いている.「そうだ,良いじゃないか,帰ってこれたんだから」と励ましてくれる人もあるだろう.それに,若い人なんかは東欧を自力で周遊していたりする.だから,「お前のちょっとした小話は面白いけれど,大したことない.俺なんか~」とおっしゃる人が居ても,驚かない.

でも,そういう問題ではないのだ.親切にしてくれたおばあさんを駅に置き去りにするのは,どう考えたって決して気持ちのいいものではありません.

ちゅーはなしや工藤.

ふぅ,さて,電車のチケットはインターネットで取れる.ブカレストの「Gara de Nord」という地下鉄を出た先の,大きな駅(名前は同じ)から電車は出る.スリや,酔っ払ったおっさん,ドネーションを集めているという怪しいおじさんたちには注意しよう.少なくとも3人には,「~行きですか?」と聞いてみよう.若い感じと身なりのいい人のほうが良いのは言うまでもない.

ついでに,BrasovはAutogara2(オウトガラドイ)というところから,Bran城(かのドラキュラ城であります)に行くバスも出ている.こちらは片道一人7レイ(約210円).チケットは運転手から買える.

バスが止まっているところで,(たぶん)2番線から「Bran行き」というバスが出ている.バスの前に表示が書いてあるから,行ったらわかると思う(逆に行く前に調べる手段というものがないのです).この時も,「Bran Castle?」と尋ねよう.

帰りは,降りた道の反対側やや左側に,ちょっとした食べ物やら飲み物やらを売る店があって,そこにバスのマークが有るから,わかると思う.そこのスタンドのおばさんインスタントコーヒーでも買って気長に待つと良い.

「私はツアーなんか使わない!全部自分で行くんだ!」というハードコアな人は行ってみたらどうだろう.ツアーに申し込んだり,家でゲームでもしてたほうが遥かにまともな選択だと僕は思うけれども.それに,おばあさんを置き去りにしなくてもすむしね.

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