待ち合わせ

しとしとと雨が降っている.冬の終わりを告げ,春の始まりを祝福するような雨だ.だが,それがうれしいとは思わない.それもこれも,あまりに彼女が遅いことが原因である.

雨がしっとりと服を濡らしている.人が行き交うタイル地の薄暗い通路は,ドロドロになった水で汚れている.

ある瞬間から,目の前を横切って行く人々の歩みが,遅くなっていくように感じる.時間が引き伸ばされていく.10が20秒に,1分が5分になっていく.そして,人々が途切れのないループの中で歩いているような感覚がやってくる.

彼女は永遠にやってこないのではないか,と思い始める.

もしかしたら,時間を間違えただろうか.場所を見間違えただろうか.明日だっただろうか.昨日だったかもしれない.あるいは来月かもしれないし,先月だったのかもしれない.どんどんと時間の感覚がわからなくなっていく.頼れる記憶を持ち合わせていないことがつらい.現実が歪んでいるのだ.

右側に気配がして,そちら側を向くと,彼女がこちらを見ている.時計を見ると,5分ほどしか経っていない.

「やぁ」

「遅れてごめんね」

「いいよ」

僕らは並んで歩きだす.5分の遅刻.約束の時間に遅れたとは到底いえない.ふと振り返ると,過去の僕があの時間の歪みからじっと睨んでいる.彼女を見る目が,少しだけ変わってしまっている自分にゾッとする.

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