コンスタンツァ訪問(2):名所旧跡

さて,コンスタンツァ.(一昨年のクリスマスシーズンにコンスタンツァに行った時の話の続きです.)

Mさんのお母さまは非常におおらかな人で,フランス語を話す.僕はルーマニア語もフランス語も出来ないから,たどたどしく英語やらルーマニア語やらを混ぜて,なんとか話す.部屋が一つ開いているというので,泊めてくれるという.非常にありがたい.

着いたらすぐに,散歩に連れて行かれる.そこで,Mさんの学生さんであるIさんと対面.高校生で,妹と同じ年だという(が,やはりIさんのほうがめいいっぱい年上に見える).その日はカフェに行き,解散となる.

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夜のカジノ・コンスタンツァ(今は使われていないとか)

次の日は,Iさんのお父さん(!)が,車でアダムクルシーという場所まで連れて行ってくれるという.いい人たちだなぁ.ここは,遺跡が再建された場所であって,昔あったダチア王国と,ローマ帝国が戦ってローマ人が勝ったのを記念して建てたと言われるモニュメントが再建されている(ルーマニアのダチア(英語ではデイシア)自動車をご存知の方が入れば,そのダチアです.今は日産・ルノー・ダチアで合弁会社だとか).

草原のど真ん中にぽつんとだけある様子は,「ここに人が居たんだろうか」と疑問に思うぐらいだ.でも,それはもう紀元109年とかの話だから,卑弥呼どころの話ではない.さすがに1900年も経てば,人も移り住みますわな.それにしても,少しさびしい場所です.すごく寒いし.

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アダムクルシーのモニュメント(Tropaeum Taraiani)

Iさんのお父さんは船乗りで,握手をした握力の強いこと.おじいさんはギリシア人で,お父さんはルーマニアで生まれ育ったが,ラジカセから聞こえてくる歌は陽気なギリシャの音楽だという.恰幅がよくて,がたいのいい人だった.

3日目はモシュケーと呼ばれる場所を訪ねる.モシュケーは黒海からやってきたトルコ人たちが建てたモスクのことだ.中もすごくきれいで,尖塔まで登ることが出来き,眺めもすごくいい.(コンスタンツァの町の話は,次回にもう少しくわしくしたい.)

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モシュケー(Marea Moschee din Constanța)からの眺め

夜はMさんのご友人のANさんと食事をする.ANさんは非常に綺麗な人だったけど(いや本当に綺麗な人なんです),ボーイフレンドがいるとかいうことで,ちょっとがっかりしたことを覚えています.

村上春樹は非常に上手に旅行とその疲弊について,トラブルだらけで疲れるけどなんかいきたくなる,という風に表現していたけど,もしかしたら他の人が旅行する理由と,僕が旅行する理由は少し違うのではないかなぁと思う.僕は旅行が嫌いだけれど(驚くことなかれ!そういう人もいるのです),たぶんそれは何を求めているかが違うからだろう.

るるぶ,と言われるように,食べる,見る,遊ぶは旅行の三銃士みたいなものだ.だけれども,僕は特にそれらを必要としない.もちろんなんかいいものが見られたら写真もとれるのでいい.だけれども,食べたり遊んだりは別になぁ,という感じなのだ.

こういう旅がいい.ぶらぶらする.ふらっとそのへんのカフェなんかでコーヒーをしばく.ちょっとこういう日記みたいなものをつける.それでいい.そこには疲労はない.るるぶもない.リトルプラネットも,旅の歩き方も必要ない.

つまり,「自らの生活がここでも継続可能であるという安心感を実体験する」ことが,僕の旅の目的なのだ.

あぁ,良かったなぁ,世界は広いけど,僕の世界の延長だったんだなぁ.と,そういう感じ.そういうのって,変でしょうか.

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